むしろメッセージ性ではない

into-the-sky2009-03-14


2月27日
 朝から小雨の金曜日。気温は、3.6℃。まだ雪になる温度ではない。
 都内の風向きを見ると、弱い北北西の風とやや強い北東の風が吹いている。雨も弱いから低気圧自体の影響下にはあまり入っていないようだ。関東周辺の気温の分布を見ると、長野から群馬にかけての山沿いと東北地方に0℃以下の冷気があるから、低気圧が接近して風が強くなると、気温を下げて雪になるだろう。雨粒が大きくなったら、雪に変わる兆候かと想像。
 8時過ぎから、徐々に雨が強くなってきた。職場に着いた9時前には、融けた氷の粒が、時折雨に混じるようになり、10時頃から、雪が混じりだした。 その後も、完全に雪になったりミゾレ混じりになったりの繰り返し。職場は都心部にあるので、郊外や内陸側では、もう少し綺麗な雪になっているのだろう。昼前の気温が、1.2℃。雨際の雪だから、低気圧の中心が通る頃には、上空に暖気が刺さり、関東南部の大半は雨に変わる筈。
 昨日から引き続いていろいろな仕事のほぼ同時進行。ただし、終える予定だった素材のプリント作業は、機器とデータのトラブルのため、今日は終わらなかった。夜に入って、以前職場にいた若い人3名と会合。相変わらず、いつもの焼き鳥屋。その中の1人とは、3年ぶりの会話。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んだな、という印象。もちろん、その人の考え方が、である。自信がつく、ということは、力のボリュームが増すということであって、周囲から見て、それが必ずしも、常に外向きに作用するものとは限らないのだ。
 夜 中の1時前に帰宅。芝生や植え込みや車の上に、雪が僅かに残っていた。やはり都心部よりは、雪の時間が長かったみたい。
 来週、東京に着いてた雪のマークは、2つとも雨のマークに変わった。雪よりも雨の可能性が増えたのだろう。おそらく、今回と同じ南岸低気圧だろうから、発達具合や通るコースによっては、雪になる筈。気象庁の一ヶ月予報を見て、もう冬は完全に終わったのだな、と思ったら、その予報自体が訂正されるほどの低温の傾向になっている。最初の予報では、2月の終わりから3月の初めにかけて、かなり暖かくなる、というものだったのだが。


2月28日
 朝の青空を久しく見ていない。週間予報を見ても曇りと雨のマークばかり。マークだけを見ると菜種梅雨のような天候。例年だと3月の後半にやってくるだろうから、3週間くらい季節が先に進んでいるようなイメージ。
 2年前に職場に居た若い人から、職場に来訪するという連絡がきたので、予定より早めに出勤。まだ22歳らしいけれど、昨年の4月に結婚していたらしい。ちなみにまだ、子供はいないとのこと。入社した仕事仲間と結婚したらしく、都内の一軒家に住んでいる、と話をしていた。順風満帆な人が居るものだな、と思った。もちろん、自分と比較して、という話。あ、そうか、自分と比較すると、大半の人は、順風満帆なのか(遠望)。午後は、ちょっとした営業活動的な仕事をこなし、帰宅。
アカデミー賞をとった映画を見てきた」という報告を母親から受けた。きっと多客で待ったり並んだりしていただろう。もの凄いパワーを感じる。僕は、そもそも受賞作品にも賞そのものにも感心がないから見に行こうとは思わないけれど、そのようなパワーもない。「さすが、受賞した作品だ」と、感想をおっしゃっていた。
 この映画に対しては、ネットでもたまに見るテレビでも、「メッセージ性がある」「世界に向けてのメッセージだ」というような感想を、もの凄く多く聞く。それが高く評価された要因だろう、という意見が体勢をしめているわけである。しかし、僕は、半年で200本以上の映画を観たけれど、メッセージ性と言われれば、それがない映画は1つもなかった。フィクション、つまり物語である以上、どんな映画にも何らかのメッセージは含まれていて当然だからだろう。むしろ、メッセージ性を持たせない映画を作るほうが、難しいとさえ感じる。映画や映像制作の目的は、メッセージの伝達としては効率の良い、活字や本と比べて、いかにそれ以外の意味や魅力を持たせるか、ということだと思う。今回の受賞作品に関しても、どちらかといえば、そうではない部分に魅力や面白さがあったのではないか、と思うが、いかがだろうか。


3月1日
 休日の日曜日。悪くもないけれど良くもない、ずっと外を眺めていれば多少の陽射しも見られる、という程度の天候。空気や冷えたまま。
 朝食後は映画を観た。典型的なハリウッドもの、だった。PG-12指定だったから、手で画面を隠す心の準備をしていたけれど、予想ほどキツいシーンはなかった。何度か書いているけれど、本物の血も、リアルな作り物の血も、僕は、基本的に見ることができない。怪我人を介抱したり手当をしたりと、英雄のような人もいるようだけれど、僕には、いっさい無理。遭遇したら一目散に逃げると思う。
 簡単な掃除をして、午後は、母親と図書館へ。先月の誕生日で、図書館カードの有効期限がきれていたので、本を選ぶ前に、その更新手続き。なぜ、有効期限が1年なのかは不思議。取得するのが大変な資格とその免状は、大抵一生ものだったりするが、少し簡単な自動車免許になると3年から5年が有効期限だし、誰でも得られる図書館カードは期限が僅か1年しかないわけである。無駄なことをしていないだろうか。
 選び終わった後、やはり2月に誕生日がある母親も更新する必要があった。必要書類に記入して受付に持っていったら、「住所を証明できる免許状や保険証が必要です」と言われ、持っていない母親は、更新ができなかった。幸い、僕のカードで借りられる冊数だったので、それで借りることにした。
 しかし、なぜ新規申し込みでもなく、カードをなくしたわけでもないのに、住所の証明が必要なのだろうか。PCによる無人の貸出しシステムもあるくらいだし、現に今回のように、係員が居る前であるにも関わらず、他人のカードを借用することも可能なのに。カードを偽造してまで、本を借りるという人がいるのか。有効期限内であれば、誰のカードでも使える、けれどもしかし、自分のカードを更新するときには、住所を証明しなくてはならないという、非常に奇々怪々なシステムには、呆れてものも言えない。ありていにいえば、これがお役所仕事、なのだろう。専門書を4冊借りて帰宅。