時間泥棒

いつかの講演会に出席したときの出来事。
 出席者の入場の時間の関係で、開始予定時間になっても始まらなかった。 よくあることだ。講演が始まってから、ぽつぽつと入場してくるのを避けるためだ。 しかし、一人の出席者から「時間泥棒!時間を返せ」との大声が何回かあがった。 遅れているのは事実であるので、その発言を繰り返した人自身に対しては、私は特に思うことはなかった。しかし、考えた。
 時間泥棒って、どういう意味なのだろう?

 開始が遅れても、あらかじめ指定してあった時間の範囲内の出来事だ。七時からの開始が遅れて10分後になったとしても、七時から開始の予定になっていれば、講演時間の中の出来事でしかない。だとすれば、その10分は、出席者が主催者にあらかじめ託していた時間であり、いきなり騙し取られた時間とはならないのだ。
 では、終演時間が予定よりも10分遅くなったらどうか。
 これだと、その10分の間に他に予定を立てていれば、単にそれが出来なくなる。それを時間と考えると、それは時間泥棒になるのかも知れない。もし、飛行機で帰宅しなければならない事情などがあったら、その10分の影響はかなり大きいだろう。しかし、そこで優先順位を考えるのが自然で、影響を察して退座する手段も選べるだろう。講演会への参加の意志も、自分で自由にそれを選択したものなのだから。

 出席者にとって、困るのは、むしろ、予定時間より早く始まってしまうことではないのか。しかし、これも、出席者の会場までの到着時間と、講演時間の一部が、オーバーラップしただけの話であって、時間が何者かによって失われたわけではない。結果としてオーバーラップした時間の部分の後援者の話の内容を聞くことができなかったので、その部分の話を聞く権利を有していたとすれば、むしろ、それは、内容泥棒になるのではないか。
 しかし、開始時間がいきなり早まることは、ほとんど、ない。