待ちが人を、人が街を

 最近まで、猫さん一人。
 東京都内のある場所の駅の近くのある場所(クドイかな?)の事だ。

 ちょうど、そう、小学校のグラウンドと同じぐらいの空き地があったのだが、そこに商業施設の計画が持ち上がったのは、今から一年以上前の事だっただろうか。まさか、猫による猫のための店でもあるまい、こんな場所にそんなの巨大な店舗作って、どれほどの来客があるのだろうか?といつも考えていた。
 そんなある日、いきなり上から落ちてきたように、いきなりデカイ施設が完成した。駅からの人の流れができ、その中に人が入る入る人が。(←見た目ちょっと面白い)
 極当然の事とはいえ、かつては猫さんしかいなかったこの敷地に人はゼロ。今は恐らくこの敷地内に300人ぐらいはいるのだろうか。
 もともと、駅付近もそんなに人が多かったわけではない。渋谷や表参道の余地に店舗を作ったのとは違うシチュエーションなのだから。人がこんなにも集まるなんて想像出来なかったわけだ。猫好きな人以外見向きもしなかったこの地に、今は人が沢山集まっている。それを見ると、どうもなんかどことなく不思議に感じてしまうのは・・うーん、たぶん、私だけ・・・。(あれッ。)
 人が街を創る・・・なんてよく聞く言葉だけれど、それらを見ている限り、街が人を作る(正しくは呼ぶだろうが)ってのが適切ではないか、どうなのだろう?まあ、いずれにしても、そう限ったことではないのは確かなようだ。

 街とか創るとか、そんなキーワードに連想するものとして、ゲームソフトの“シムシティ”がある。最初は、広大な空き地、いや、土地と言うべきだろうが、閑古の鳥ばかりさえずっているような街中も、やがて人が増えそして渋滞が生まれ、公害や犯罪も起き、環境や治安が悪くなると周囲の住宅からは人が消えていくのだ。
 こう考えると、栄える街と廃れる街。この絶妙なバランス下で我々は生活しているのではないか。こうなると、やはり、人が街を創る・・・やはりこれが正しいのかもしれない。